あらら、あっという間に週末。

慌てて書きかけで放置してたBlog仕上げました。
先週末の奈良公園ポタポタ、写真だけ・・・のつもりが(^_^;)

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 薬師堂町(ならまち) 「御霊神社」(ごりょうじんじゃ)
 奈良町に佇む小さな神社、時々婚礼されている事があります。

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 「元興寺塔跡」 
総高は72.7mと言われ、今の東寺の五重塔より大きなもだったそうです。
元興寺は、地元民以外にはあまり知名度がないのですが、
塔跡からも判るように、奈良時代には東大寺・興福寺と並ぶ大寺院でした。
東大寺とともに「古都奈良の文化遺産」として世界遺産登録されています。

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赤膚焼・燈火器の「寧屋工房」前
ならまちは“町家造り”が至るとこり残っている古い町並みを残しています。
一時寂れていたのですが、最近は観光客も増え、盛り返してきました。
昔ながらの店、小物・雑貨屋、お茶処・cafeと大人が楽しい街です。

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「菊岡漢方薬」 昔ながらの風情を残すならまちの代表的な町角
地図を見ると、ここだけ道がクランク状になっています。
菊岡漢方薬と、その隣の奈良町物語館に、元興寺金堂の基礎の跡がのこっているらしく、そこを避けてまちづくりがされたそうです。
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右前が 「奈良町物語館」 、今はイベントスペースですが、もともとは造り酒屋だったそうです。

いま「奈良町」と言われている大部分は、隆盛時の元興寺の敷地内に当たるそうです。

キャプチャ


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格子のある町家造りの建物に “身代わり申”

「庚申さん」のお使いである申に見立てた魔除けで、代わりに災いを受けてくださるということで「身代わり申」と呼ばれています。
飛騨高山の「さるぼぼ」に似てますが、さるぼぼは悪霊祓い(疫病よけ)で、形状も少し異なります。

人力車のお兄さんの説明で知ったことですが、
奈良公園近くの町家の格子には「六角格子」と呼ばれる角が柔らかい格子が見受けられることがあります。
(ここは通常の四角形ですが・・)
これは、鹿が首を突っ込んだ時に、怪我をしないようにとの配慮だそうで、奈良の人が鹿を大事にしてるのが伺えます。

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元興寺方面から、猿沢池の横に抜ける「もちいどのセンター街」

「もちいどの」は「餅飯殿」と書きます。
由来は諸説ありますが、

大峰山に行者を困らせる大蛇がおり、依頼を受けた東大寺の高僧が、この町の若者を退治に出すことにしたそうです。
その際大量の「餅」「干飯」を持たせ、被害を受けた人々に配らせました。
そして、大蛇退治も無事済ませた若者に高僧が「餅飯の殿」の称号を与えたたえたという話。

つまり、「餅、干飯の殿様の町」から「餅飯殿」「もちいどの」なのだそうです。

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「もちいどのセンター街」から奈良町に抜ける細い路地
この整備された路地には小さなお店が何軒も連なっています。
カウンターだけのすてきな、珈琲店やBarなんかもあって、いちどゆっくり過ごしてみたいですね。

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「猿沢池」から興福寺五重塔を臨む
東大寺大仏殿と並ぶ、奈良公園の代表的な景色です。

写っていませんが、左側に西国三十三所第九番札所の「南円堂」があります。

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猿沢池から五重塔へ向かう登りに幅広い階段があります。

通称「五十二段」とよばれるこの石段は、その名の通り下から上まで五十二段あります。

五十二段は、菩薩の修行の階位は一番下の信心・念心・精進心から始まり、一番上の妙覚までの五十二段階に分かれているというものにあやかり、

「この階段を登り興福寺に到着するときには、すっかり悟りの開いた仏の境地になる」

という言われがあります。

さすが、古都奈良!


さて、タイムアップでこのまま三条通をJR奈良駅側に向かい、帰路につきました。

早朝人気のない奈良公園は素敵、超おすすめスポットです。